Bright Red Mother-Bicycle ALBELT is Back !!


by red-chari-albelt
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

くろまによんず


はい、どうも、

解析学の課題で散った

red-chari-albeltです。

見事に散りました。

国語のスピーチは・・・まあ無難にいったんじゃないかな。

しかし解析が

全然分からん。

たかだか2週間くらいのブランクですべてが吹っ飛んでいました。

頭パーです。



・・・元からパーなのかもしれませんけども。




さて、最近。

今皆さんがお読みのこの記事のように、



↑こんな感じの無駄な改行をすることによって

文章量の少なさをごまかしている自分がいます。

多少読みやすくはなっているでしょう。

どうです?



・・・でも、こんな汚い手を使って

読者の皆様を騙しててもいいものかと思うのですね。

ネタが無いから仕方ないんですけど。

というわけで今日は、

今日発表した国語のスピーチ原稿でも載せて

それで誤魔化そうかなと。

原稿用紙に清書する前に

パソコンで書いた下書きが残ってまして、

それをこのまま

放置→ゴミ箱逝き→削除

ってのももったいないですし。

・・・たまにブログに自作の詩とか発表してる人がいますが

あれって結構、恥ずかしいと思うんですね。

俺も実際、恥ずかしいんですが。

ネタのためと思って、勇気を振り絞ってみます。



・・・見たくない人はどうか、今日の記事はなかったもの思って忘れてください。

というか見ないの推奨。

早まっちゃいけませんよ。













 「“時”の歩みは三重である。未来はためらいなく近づき、現在は矢のように早く飛び去り、過去は永久に静かに立っている。」ドイツの劇作家、フリードリヒ・クリストフ・フォン・シラーの言葉です。ふと手に取った本に書かれていたこの言葉を見たとき、ある種の焦燥感に駆られました。


 最初の現生人類であるクロマニヨン人の出現が約三万年前と言われています。その時から現在まで、数多の人間の誕生があり、人生があり、死がありました。しかし、個々を見てみると、その三万年もの歴史のうち、一人の人間が生きていた期間など、長くても百年程度。三百分の一に過ぎません。たったそれだけの時間で、一人の人間に一体何ができるでしょうか。確かに、偉業を成し遂げ、後世にも長く名を残す者もいます。ですが、それが千年後、一万年後となってくるとどうでしょうか。たった五千年前の古代エジプトの王族の名前を明らかにするために、世界中の学者が躍起になっているのを見ると、疑問に思うのです。自分は、三万年の歴史の中で生まれ死んでいった云十億、いや、云百億分の一にすぎない、限りなくゼロに近い、微小な存在で、そのような一人の人間に、一体どれだけの意味があるのだろうか、と。
 

 フランスの哲学者、ルネ・デカルトが残した言葉があります。「我思う、ゆえに我あり。」
自分を含めた世界の全てが虚偽のものであったとしても、それを疑っている意識は存在しているので、自分の存在は疑いえないものである、というものです。思うに、自分の存在意義について悩む、それ自体が自分の存在の存在意義になのではないでしょうか。


 人生とは、一人の人間が与えられた短い時間の間に、自分の存在する意味を探し求めることなのかもしれません。最期の時に振り返ってみて、自分の意味を見つけ、胸を張って逝けるような人生を送りたいものです。




すいませんでした。


人気blogランキングへ

[PR]
by red-chari-albelt | 2008-01-08 21:37 |